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東京高等裁判所 昭和58年(う)559号 判決

被告人 鬼頭史郎

昭九・一・六生 無職

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、被告人本人が提出した控訴趣意書及び控訴趣意書補遺と題する書面に記載されたとおりであるから、これを引用する。

所論は、多岐にわたつて原判決の誤りを主張するが、一件記録を調査して検討した結果、原判決の判断に違法不当はないと認められる。以下、主な論点につき、項を分けて判断する。

一  差戻前上告審決定中の判断の拘束力に関する法令解釈適用の誤りの主張(控訴趣意第三章の一、二)について

論旨は、原判決は裁判官の職権に関し、上告を棄却したのみで下級審の裁判所を拘束する効力がない上告審決定中の一部の積極的判示をそのまま引用して、被告人が「裁判官として、司法研究ないしはその準備としてする場合を含め、量刑その他執務上の一般的参考に資するため刑務所長ら刑務所職員に対し資料の閲覧、提供等を求めることができる職務権限を有していたものである」と判断しているが、これは、いわゆる破棄判決の拘束力の意義を誤解して、同上告審決定が破棄の裁判ではなく、第一審判決を破棄差戻した控訴審判決に対する上告棄却の裁判であるため、破棄判決の拘束力を有しないことを看過し、仮に拘束力を有するとしても、それは控訴審の法律的な理由説示を否定する部分のみに生じ、その否定的判断にかえて新たに展開した積極的な法理論には及ばないことを看過し、これに拘束されたか、裁判官の職権の意義、根拠を誤つたものであつて、原判決には法令の解釈適用の誤りがあると主張する。

そこで検討すると、裁判所法四条が「上級審の裁判所の裁判における判断は、その事件について下級審の裁判所を拘束する」と規定し、上級審の判断に拘束力を認めているのは、同一事件を審判する各審級の判断が一致せずに事件が完結しないことを防ぐため、上級審の判断した事項は既決のものとし、以後これを覆しえないこととして事件の完結を促進する趣旨に出たものであるが、その基礎には、裁判の審級制をとるからには上級審の裁判所の判断に優越性を認めるのが自然であり、上級審特に上告審による法解釈の統一と法的安定性の確保のためにもそうする必要があるとの考えが存していると解される。この趣旨に徴すると、上訴審が法令上付与された権能を行使して事件の争点を解決するため示した裁判中の判断は、各争点に対する結論的判断を導く過程で縁由ないしは説明として付したにとどまるものや直接主義の見地からみて事実面の判断に確定的な効力を認めがたい場合など判断の性質上拘束力を排除すべき特別の理由のあるものを除き、原則としてすべて下級審を拘束する効力を有すると解するのが相当である。所論は、上訴審の法律上の判断については、下級審の判断を否定した消極的な判断に限り拘束力が生じ、これにかわる積極的な判断には拘束力が生じないと主張するが、上訴審が下級審のした法令の解釈適用に誤りがあるとしてこれにかわる正当な法令の解釈適用を示すことは、まさしく刑事事件において上訴審が担つている本来的機能であり、上訴審が破棄自判の裁判をする場合には、積極的な内容のものであるか消極的な内容のものであるかを問わず、その解釈適用上の判断は裁判所の有権的な判断となるのであるから、破棄差戻の裁判についてのみ上訴審の判断が優越性を有する場合を限定し、消極的な判断のみが拘束力を有すると解するのは相当でない。

以上のように解するならば、刑事事件において、上告審が控訴審の破棄差戻判決に対する上告を棄却した裁判中で示した判断も、上告審としての権能を行使し事件の争点を解決するため示されたものである限り、原則として下級審の裁判所を拘束すると解すべきは当然である。

記録によつて、本件の経過をみると、本件は東京高等裁判所の付審判決定により訴訟が係属したものであるが、第一審の東京地方裁判所は、被告人は裁判官として担当事件の裁判や委嘱された司法研究の遂行のため刑務所長に対しその管理保管する身分帳簿を閲覧し写真撮影をする等の調査に応じるよう依頼する抽象的職務権限を有していたが、本件の場合被告人は担当事件の裁判に必要であるかのように仮装した事実の証明は十分でなく、単に裁判官に対する好意に乗じて便宜を図つてもらつた疑いがあるとして無罪を言い渡した(昭和五三年四月二八日判決)。これに対し、控訴審の東京高等裁判所は、第一審判決を破棄して本件を東京地方裁判所に差し戻す旨の判決をした(昭和五四年一二月二六日判決)。その判断の要点は、(1)原判決が、被告人が職務上の研究・参考にするため必要な調査であるかのように仮装したことを否定した判断には、(イ)職権濫用罪の成立要件を狭く解した法令解釈の誤りに基づく事実誤認ないしは(ロ)情況証拠を総合してなすべき被告人の行為に対する評価を誤つたことに基づく事実誤認がある、(2)訴因には司法研究その他職務上の研究・参考に資するための調査や資料の収集を行うかのように仮装した事実も職権濫用行為の内容として主張されていたと解しうるのに、原判決にはこの点の審理を尽さなかつた訴訟手続の法令違反があるというのである。所論が争う右(1)(イ)の判断は、「裁判官が職務権限に基づいて行なう調査行為としては、裁判官が現に担当している特定の事件についてする証拠調べ等、固有の職務権限に基づく調査活動がその主要なものであるが、その他、裁判官が将来担当することあるべき事件一般の研究・参考に資する目的で、裁判官としての地位・身分に基づいて行なう調査や資料の収集行為も、その方法・態様が調査目的や調査事項と相まつて、裁判官が公的立場で行なう調査活動であると外形上認められる場合には、これまた裁判官の一般的職務権限に基づく職務行為であるとしなければならない。従つて例えば、裁判官が司法研修所長の委嘱を受けて行なう司法研究は、担当事件の処理事務と同じく、裁判官の職務行為の一形態として認めてよい典型的事例であつて、裁判官の言動が司法研究ないしはその準備のために公務所などに対して調査をするものと一般に認められるような外形を伴つている場合には、これを裁判官の職務権限に基づく行為として評価すべきであり、また、裁判官が量刑その他執務上の一般的参考にするため刑務所等の関係外部機関に出向いて受刑者や刑余者等に関する資料の提供を求めたりすることも同様に解せられる。」というのである。この判決に対し、被告人が上告して、最高裁判所(昭和五七年一月二八日第二小法廷決定)は、上告を棄却したが、右の点につき職権による判断を示し、「刑法一九三条にいう『職権の濫用』とは、公務員が、その一般的職務権限に属する事項につき、職権の行使に仮託して実質的、具体的に違法、不当な行為をすることを指称するが、右一般的職務権限は、必ずしも法律上の強制力を伴うものであることを要せず、それが濫用された場合、職権行使の相手方をして事実上義務なきことを行わせ又は行うべき権利を妨害するに足りる権限であれば、これに含まれるものと解すべきである。」「裁判官が刑務所長らに対し資料の閲覧、提供等を求めることは、司法研究ないしはその準備としてする場合を含め、量刑その他執務上の一般的参考に資するためのものである以上、裁判官に特有の職責に由来し監獄法上の巡視権に連なる正当な理由に基づく要求というべきであつて、法律上の強制力を伴つてはいないにしても、刑務所長らに対し行刑上特段の支障がない限りこれに応ずべき事実上の負担を生ぜしめる効果を有するものであるから、それが濫用された場合相手方をして義務なきことを行わせるに足りるものとして、職権濫用罪における裁判官の一般的職務権限に属すると認めるのが相当である。」「職権濫用罪における裁判官の職権の範囲・内容に関する原判示は、広きに失する点もあるが、本件に適用する限り、結局右と同趣旨に帰着するものと解されるから、結論において相当である」とした。

以上の経緯に徴すると、本件について、職権濫用罪における裁判官の職権の範囲、内容に関し、上告棄却決定が示した判断にも拘束力があり、これに牴触する限度で控訴審の破棄差戻判決中の判断には拘束力がないと解すべきである。原判決が上告審の右の判断に従つたのは正当であり、したがつて、また、これに反する法解釈を主張して刑法一九三条の解釈を争うことも許されない。所論は、上告棄却の裁判にも一定の範囲内で拘束力があることを否定する独自の見解を前提とするもので、採用することができない。

二  職権を行使するような言動を行つた旨の原判断に対する事実誤認、法令解釈適用の誤りの主張(控訴趣意第三章の四ないし七、第六章ないし第一〇章など)について

論旨は、要するに、被告人に職権濫用罪の対象となる職権と目すべき権限の行使があつたとした原判断を争い、真実は被告人は個人的立場で刑務所長に対し身分帳簿の閲覧、写真撮影等を依頼し、刑務所長も裁判官の地位を有する被告人個人に対する好意からこれに応じたにとどまり、被告人が裁判官としての職権を行使するような言動を行つたことも、刑務所長が職権の行使に応ずる事実上の義務があると思つてこれに応じたこともなく、また、身分帳簿は単なる非公開文書であつて公務上秘密とすべき文書ではなく、刑務所長が被告人個人に対する好意でその閲覧等の求めに応じても差し支えがなかつたと認めるべきものであるから、その秘密性をひとつの根拠として被告人に職権の行使と目すべき行為があつたと認定することは許されないのに、原判決が被告人にそのような行為があつたと判断したのは、事実誤認、法令解釈適用の誤りである、というのである。

そこで、まず、本件職権濫用罪の成否を判断するにあたり問題とすべき裁判官の職権の性質と内容について検討するのに、差戻前上告審決定によれば、先に引用したとおり、職権濫用罪にいう職権とは、一般に、それが濫用された場合職権行使の相手方をして事実上義務なきことを行わせ又は行うべき権利を妨害するに足りる職務権限をいい、裁判官が司法研究その他職務上の参考に資するための調査、研究として刑務所長らに対し資料の閲覧、提供等を求めることも、刑務所長らに対し行刑上特段の支障がない限りこれに応ずべき事実上の負担を生ぜしめる効果を有し、それが濫用された場合相手方をして義務なきことを行わせるに足りるものとして、右の職務権限に含まれるというのである。もつとも、この判示は、行使された権限が職権濫用罪にいう職権すなわち一般的職務権限に含まれるか否かを判断する基準を示したにとどまるから、具体的事件において職権濫用罪の成否を決するにあたつては、まず権限の行使と目すべき行為があつたか否かを明らかにしたうえ、右の基準に従つてその権限が職権に含まれるか否かを判断すべきであることはいうまでもなく、更に、その職権が濫用されたか正当に行使されたかを判断する必要上、具体的にいかなる内容の職権が行使されたかを、これを行使しうる正当な理由、目的との関連において明らかにしなければならず、その際には、特に職権の行使が相手方に対し具体的にいかなる内容の義務、負担を課するものであつたかに留意する必要があるというべきである。これを本件についてみると、裁判官が刑務所長に対し身分帳簿を含む資料の閲覧、提供等を求めることは、その一般的性質上からみると職権濫用罪における裁判官の一般的職務権限に属する職権の行使たりうるものであるが、被告人が果してこの権限を職権として行使したのか、またこれを濫用したのかについては、具体的な職権の内容と行使の状況に即して更に検討を要するところであり、かつ、その検討に際しては被告人及び刑務所長の言動のほか、身分帳簿の性質特に秘密性と、その閲覧等を要求する理由特にそれが刑務所長をして要求に応ずべき事実上の義務があると判断させるに足りる重要性を帯びていたか否かに十分留意する必要がある。

右の観点から、本件身分帳簿の性質をみると、この帳簿は、密行とされている行刑の内部事項がこれに広く記載されており、その開示により収容者その他の関係者の名誉や人権を侵害し、又は行刑の適正な遂行を妨げるおそれが十分予想される性質の文書であるから、全体として明らかに秘密性を有するものというべきであり、現に、その開示に関しては、法務省矯正局長通達により、身分帳簿の提出は、刑訴法九九条二項に基づく提出命令による場合のほかは刑事裁判所に対しても差し控えること、裁判所から同法二七九条により一部の内容について照会があつた場合には、原則としてこれに応じるべきであるが、応じることにより施設の管理運営に著しい支障が生じ、又は不当に関係者の人権若しくは名誉を侵害するおそれがあるなどの理由があつて相当でないと認められるときは、回答の限りでないことと定められており、運用上も、身分帳簿の開示は、司法研修所長から司法研究を委嘱された者のように、正当な権限又は利益を有する機関等から正当な理由に基づき正当な手続に従つて求められた場合にのみ、これを許可するのが例とされており、規定上も運用上も身分帳簿の開示は厳格に規制されていたのである。このように、身分帳簿は、その性質上、裁判官であつてもたやすくこれを閲覧したり写しを求めることができず、職務上その秘密の解除を求めるに足りる具体的な必要性を明らかにしたうえで初めて許されるものであるから、本件の場合、その保管責任を負つていた刑務所長が、被告人の公務とは無関係な私的依頼に対し、単なる裁判官への信頼感と好意からこれに応じて、その閲覧を許可し写しを交付するなどの行為に出たとみるのは甚だしく不自然である。また、右のような身分帳簿の性質に照らすと、仮に被告人の意図が将来司法研究に従事するときの準備や一般的研究のための調査であつたとしても、そのような調査は身分帳簿の閲覧等を正当化するに足りる職務上の具体的必要性を欠くから、その意図を知れば、刑務所長が要求に応じることはなかつたものと認めるのが自然である。そうすると、仮に右のような意図があつた場合であつても、これを明らかにしたうえで刑務所長の好意を期待するなどの態度をとらず、その情を秘し、あたかも身分帳簿の閲覧等を正当に要求しうる職務上の具体的必要性があるかのように振舞い、刑務所長をしてその必要性があるものと誤信させることは、刑務所長をして閲覧等の要求に応ずべき事実上の義務又は負担を課する行為であるというほかはない。

そこで、被告人の当時の言動をみると、裁判官として現に担当中の事件について必要な調査であるなど、職務上の具体的な必要性のあることについては特に言葉に表わしていない反面、私的な意図に基づく調査又は単なる一般的研究といつた具体的必要性の乏しい調査であることをも説明しておらず、全体として裁判官の職務上の必要に基づいて身分帳簿の閲覧等を求める趣旨であることを相手方に印象づける言動に終始していたと認めることができる。また、これに対応する刑務所長らの言動をみると、同人らは、被告人の意図の具体的内容について立ち入つて尋ねるなどの行動には出ていないものの、被告人の言動から、その調査が裁判官としての職務上必要な調査であり、身分帳簿の秘密性を考慮してもなお閲覧等の要求に応じるべき場合であると信じて、要求に応じたことが明らかである。

以上の点をあわせ考えると、被告人の行為は、裁判官としての職務上の必要性を理由として刑務所長に対し身分帳簿の閲覧とその写しの交付等を要求したものであり、これにより刑務所長をして要求に応じるべき事実上の義務又は負担を負わせたものということができるから、職権濫用罪における職権の行使があつたことは否定することができない。原判決の判断は、説明において幾分これと異なる部分を含むが、結論においてこれと異ならず、したがつて論旨は排斥を免れない。(なお、控訴趣意第四章で、原判決が程田福松及び南部悦郎の検察官に対する各供述調書を証拠に掲げたことを非難するが、これらの証拠は差戻前第一審の第一回ないし第三回公判期日に検察官請求の証拠として取調べられ、原審第一回公判でも異議なく取調済であることが明らかである。)

三  職権を行使するにつき正当な目的がなかつた旨の原判断に対する事実誤認の主張(控訴趣意第五章)について

論旨は、被告人は司法研究の準備という正当な目的をもつており、ただ当時公式に司法研究員に選定されていなかつたため手続・形式的には個人として依頼する形で本件資料収集を行つたにすぎないから、仮に被告人に職権の行使と目すべき行為があつたとしても、これを濫用したとはいえず、職権濫用罪の成立を認めた原判決は被告人の右目的を誤認している、というのである。

そこで検討するのに、すでに二において判示したとおり、職権濫用罪における職権の濫用があつたと認定するには、具体的事件において職権の行使と認められる行為がある場合に、これに対応する正当な理由、目的が存在せず、職権の行使が仮装にすぎないことが認められなければならないところ、本件の場合、刑務所長をして身分帳簿の閲覧とその写しの交付等の要求に応じさせるに足りる職務行為があつたと認められるにとどまらず、これに対応する正当な理由、目的すなわち右の要求をなしうるような職務上の理由、目的のなかつたことは所論自体これを認めている。したがつて、仮に、単に将来司法研究を行うために準備するというような具体的必要性に乏しい理由、目的が何ほどか被告人に存していたとしても、その意図を明示して相応の処置を求めることなく、あたかも身分帳簿の閲覧等を求めてこれに応じさせるに足りる重要かつ具体的な職務上の理由、目的があるかのように仮装し、その旨誤信させた刑務所長をして要求に応じさせた本件においては、正当な目的を欠き、職権の濫用があつたというべきである。そうすると、所論は主張自体失当に帰する。のみならず、原判決が証拠に基づき適切に判示するように、被告人は当時司法研究の準備の目的ではなく、個人的興味を満たすというまつたく私的な目的で本件行為に及んだものと認めるのが相当であるから、所論はその前提においても失当である。

したがつて、被告人が職権を濫用したと認定した原判断に誤りはなく、この点の論旨も採用することができない。

四  職権濫用の故意に関する事実誤認の主張(控訴趣意第一一章)について

論旨は、被告人は、司法研究準備の目的で本件資料収集行為をしていたものであり、当時裁判官に刑務所保管資料の閲覧権という職権が認められるとは知らなかつたから、被告人には職権濫用の認識を欠いていたので、同罪の故意を認めた原判決は誤りである、というのである。

しかし、所論前段が認められないことは、三で述べたとおりであり、所論後段についても、すでに述べたような被告人の言動、目的に徴して、被告人に刑法一九三条の故意があつたと認定した原判決は正当と認められ、仮に被告人が本件当時裁判官の職務権限に関し差戻前上告審決定に示されたような法解釈について認識していなかつたとしても、右の故意が存在しなかつたということはできない。論旨は理由がない。

五  本件行為の違法性に関する事実誤認の主張(控訴趣意第一六章、第一二章)について

論旨は、(1)被告人の本件行為は、国家に対し知ることを要求する能動的効力を有する権利たる性格をもつ知る権利の行使として行われたものであつて、刑法三五条又は同条の趣旨により違法性が阻却される、(2)本件身分帳簿は秘密とすべきものではなく、本件によつて行刑運営の支障や人権・プライバシーの侵害の結果は発生しておらず、そのおそれもなく、かえつて本件身分帳簿を研究資料として利用できたという利益が得られ、しかも被告人は平穏な言辞、雑談の類を交わす質疑応答や資料収集の依頼という手段によつたのであるから、被害結果の軽微性、行為目的を含む行為態様の相当性が肯認され可罰的違法性を欠いている、というのである。

しかし、(1)の所論については、すでに判示したとおり、本件においては刑法一九三条の罪が成立し、職権の濫用により相手方たる個人の行動の自由を侵害したと認められる以上、仮にそれが知る権利の行使としてなされたとしても、それだけで直ちに当該行為の違法性が阻却されるいわれはないから、所論は失当である。次に(2)の所論について検討すると、すでに判示したとおり、本件身分帳簿の秘密性は十分これを肯認することができるばかりか、犯行の経緯、態様、被告人の目的、結果ことに被告人が現に程田所長らに義務なきことを行わせ、行刑の運営に多大な影響を与えたことを考慮するときは、可罰的違法性のあることは明らかであり、被告人がことさら露骨な強制等の手段を用いていないからといつて、それが否定されるものではない。論旨は理由がない。

六  国家公務員法違反罪の成立を理由とする法令解釈適用の誤り等の主張(控訴趣意第一三章、同補遺)について

論旨は、(1)本件においては、実質上刑法一九三条の罪と国家公務員法一一一条の罪とが法条競合の関係(いわゆる特別関係又は補充関係)にあつて、後者の罪のみが成立するから、被告人に対し前者の罪の成立を肯認した原判決は法令の適用を誤つている、(2)仮にそうでないとしても、本件においては右両罪が成立して刑法五四条一項前段の観念的競合の関係にあるにもかかわらず、原判決は後者の罪の適用を遺脱し審判をしなかつた、というにある。

そこで検討すると、法条競合は、外見的には数個の罰則を適用することができるようであつても、罰則相互の関係を論理的に考察し又は実質的に考慮して、刑罰権の行使としては、そのうちの一個の罰則を適用すれば足りるという場合である。したがつて、各罰則の保護法益が異なつたり、罰則が互に他の要素を包含していないため、各罪が独自に成立すると認められるときは、すでに特別関係や補充関係の法条競合を問題にする余地はないというべきである。刑法一九三条は、国権の作用の適正及び威信の保持という国家的法益とともに公務員の職権濫用行為の相手方たる個人の行動の自由の保護という個人的法益をも保護法益とするのに対し、国家公務員法一一一条(一〇九条一二号)は国家秘密の保護という国家的法益を保護法益とするものであつて、保護法益を異にするうえ、犯罪構成要件も相違し互に他の要素となるものではないから、両者は、所論の特別関係や補充関係にはなく、仮に一個の行為で右両罪に該当する場合があるとすれば両罪は観念的競合となると解するのが相当である。なるほど、一個の行為が右両罪に該当するときは、両罪は所論にいう「交差」の関係にあるということができるが、「交差」の関係は法条競合の場合だけでなく観念的競合の場合にも認められるから、このことは右のように解する支障となるものではない。また、原判示の大審院判決が事案を異にしていて本件に妥当するものでないことは原判決が指摘するとおりである。したがつて、また、原判決が認定していない予備的訴因にかかる犯罪の成立を主張する所論は不適法である。論旨は理由がない。

七  公訴時効の完成時期に関する原判断に対する事実誤認等の主張(控訴趣意第三章の八)について

論旨は、被告人が昭和四九年七月二四日に写真撮影したことで刑法一九三条の罪は既遂に達していて、構成要件的故意、実行行為のいずれからみても、右は同月二九日の行為と一体となるものではなく、仮に後者について犯罪性を認めるとしても南部課長又は程田所長が書類送付の意思を表明したことで同罪の既遂に達していたから、いずれにせよ被告人の本件行為について公訴時効が完成していたにもかかわらず、被告人の刑責を肯認した原判決には事実誤認又は法令適用の誤りがあると主張する。

そこで、検討すると、記録によれば、被告人の一連の職権濫用の犯行は、被告人が昭和四九年七月二四日に本件身分帳簿の記載内容について写真撮影をしたことで一旦終了したが、原判示のとおり、被告人はその後に右撮影済みフイルムを巻き戻す際にその一部を感光させてしまつたことに気付き、同月二九日に南部課長に右の事情を告げて身分帳簿の一部である視察表外二点の写しの送付方を依頼し、同年八月三日ころこれを入手したことが認められる。右の経緯によると、後の書類送付依頼の行為は、先行した職権濫用行為に基づく資料請求の一環として、これを補完する趣旨でなされたにとどまり、またそうであるからこそ南部課長らもこれに応じたと認められるのであつて、先行した職権濫用行為を利用して別個の職権濫用行為がなされたというものでないことは明らかである。そうすると、右の一連の請求の行為は全体として一個のものというべきであるから、一個の職権濫用罪を構成するとした原判決の判断は相当であつて、所論が指摘するように、被告人が当初の職権濫用行為後に後の書類送付依頼行為をすることを新たに決意したとしても、その故に、右の結論が左右されるものではない。また所論は、時効制度は本人の利益のものであるから、犯罪行為が既遂に達した場合には、既遂となつたもつとも初期の時点までの行為を訴因に構成すべきであつて、それ以後の行為を訴因に含めるべきではなく、本件の場合被告人から時効完成の利益を阻害することとなる昭和四九年七月二九日より後の行為をも訴因として構成したのは違法であると主張するが、所論の前提自体独自の見解であつて採用できないばかりでなく、所論指摘の後の行為も前述したようにそれまでの行為とともに刑法一九三条に該当する一個の罪を構成するものであるから、これをも含めた本件訴因に違法な点はない。

次に、刑訴法二六六条二号の付審判決定があつたときは当該被告事件の公訴の提起があつたものと擬制されて(同法二六七条)直ちに裁判所に係属することとなり、公訴時効の進行はその時点で停止するのである(同法二五四条)。そして、付審判決定があつたときとは、同決定の謄本がその受送達者である請求者、検察官及び被疑者(刑訴規則一七四条二項)のいずれかに告知されて右決定が外部的に成立したときをいうものと解すべきであるところ、本件付審判決定はその謄本が検察官に対して送達された昭和五二年七月二六日に外部的に成立していたから、被告人の本件犯行について三年の公訴時効が完成していなかつたことは明らかである。原判決のように、付審判決定が当該被告事件を審判すべき裁判所に通知された同年七月二九日をもつて公訴時効の進行が停止すると解するのは相当でないが、結論は変らないから、原判決に違法はなく、論旨は理由がない。

八  付審判手続の違法を理由とする本件公訴の不適法の主張(控訴趣意第一七章)について

論旨は、本件付審判請求事件の抗告審は、(1)被告人に告知と聴聞の機会を与えず、被告人本人はもとよりその言い分を代弁する証人や書証を一切取調べることなく、付審判決定(東京高等裁判所昭和五二年七月二六日決定)をしているから、刑訴法一条、四三条三項、二六五条二項に違反しひいては憲法三一条又は同条の趣旨に違反しており、(2)被告人に犯罪の容疑がないのに付審判決定をしたもので公訴の提起の効果をもたないのに、原判決がこれらの違法を看過して被告人の刑責を肯認したのは刑訴法三七八条三号の違法を犯したものである、というのである。

まず(1)について検討すると、付審判請求事件における審理手続は、捜査に類似する性格をも有する公訴提起前における職権手続であり、同手続における事実の取調は請求を受けた裁判所の裁量に委ねられ(刑訴法二六五条二項)、付審判決定は公訴の提起とみなされている。刑訴法は、捜査手続に関しても、捜査機関が被疑者を取調べることを認めているが、これを義務とはしておらず、被疑者に対し不利益証拠の内容を告知して弁解を聴くことも要求していない。これは、公訴の提起が被告人に対し一定の負担と不利益をもたらすことは否定しえないが、最終的に利益を奪うものではなく、公判審理の手続において被告人に対し当該被告事件の内容を告知して弁解の機会を与えれば足り、かつ、そうすることが各手続の目的にとつてふさわしいとの判断に出たものであつて、憲法三一条に違反するところはない。付審判請求の手続についても、これと同様に解すべきであつて、請求を受けた裁判所が事実取調の結果について改めて被告人に告知したりその弁解を聴いたりする必要はなく、そう解しても憲法三一条に違反するものではない。更に記録によると、被告人は、付審判請求に先行する捜査段階において検察官から取調を受け、程田所長との折衝の状況等本件に関する詳細、具体的な言い分を録取した供述調書四通を作成されていたのである。したがつて、前記抗告審が程田所長等を取調べただけで、これに対する被疑者やその代弁者の供述等を取調べないで付審判決定をしたからといつて、何ら違法な点は存しない。次に(2)について検討すると、付審判決定に記載された公訴事実の存在することが同決定を適法有効ならしめる要件でないことは、通常の公訴提起の場合と異なるところはないのみならず、原判決は本件付審判決定とほぼ同旨の犯罪事実を認めているのであるから、採用の限りでない。論旨は、独自の見解に立つて公訴棄却の裁判を求めるもので、理由がない。

九  原判決の理由不備の主張(控訴趣意第三章の三、八)について

論旨は、原判決は、罪となるべき事実中に、被告人の故意に関し、私的な目的の具体的な内容や正当な目的とかかわりのない所以に関する判示を欠き、また、程田所長ら相手方に昭和四九年七月二四日に生じた誤信が同月二九日にまで継続していたことや、被告人が相手方の誤信の形成について如何なる職権仮装の言辞をしたかの判断を遺漏していて、構成要件的行為又は実行行為の判示としては十分な判示をしておらず、これらの点で理由不備の違法がある、というのである。

そこで検討すると、有罪判決における罪となるべき事実の判示としては、刑罰法令各本条の構成要件に該当すべき具体的事実を当該構成要件に該当するか否かを判定するに足りる程度に具体的に明白にすれば足りると解されるところ、原判決の罪となるべき事実中には、故意の点について右の程度の摘示がなされていると認められる。また、原判決は被告人の昭和四九年七月二二日ころから同年八月三日ころまでの一連の行為が刑法一九三条に該当する一個の罪を構成するものであることを十分具体的に明白にしているものと認められる。しかも原判決は、弁護人及び被告人の主張に対する判断の項において、所論指摘の点を含め被告人の本件犯行に関し詳細な判示を行つて罪となるべき事実の記載の趣旨を一層明確にしている。したがつて、原判決に所論のような理由不備の違法は存しない。

一〇  違法性阻却事由の主張に対する判断遺脱の主張(控訴趣意第一五章)について

論旨は、被告人の本件行為は、学問的研究の目的に出た資料収集行動であつて、憲法二三条の保障する学問的研究の自由権の行使たる性格を有し、刑法三五条により違法性が阻却されるものであり、被告人は原審においてこれを仮定的に主張していたのに、原判決がこれに対し判断を示さなかつたのは訴訟手続の法令違反である、というのである。

記録によつて検討すると、所論指摘の主張は、被告人が原審第二回公判期日において陳述した「変更後の新訴因に対する意見陳述」と題する書面の五項に記載されているものであるが、その標題及び内容からして、職権濫用罪の成立における職権濫用の要件を充たす行為があつたことを前提としてなおもこれを正当な行為と主張するものではなく、その要件の充足を否定すべき正当な目的が被告人に存在したと主張することにその眼目があつたと認められるから、その主張は単なる否認に帰し、かつ、この主張は原判決によつて採用されなかつたことが明らかである。所論は、その前提を欠き、採用することができない。

よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判官 桑田連平 香城敏麿 植村立郎)

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